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東京地方裁判所 平成3年(ワ)12478号 判決 1992年2月13日

原告

池中義徳

右訴訟代理人弁護士

稲田輝顕

阿部元晴

遊佐光徳

稲田耕一郎

被告

田淵節也

吉田眞幸

土田暢

外村仁

中野淳一

酒巻英雄

鈴木政志

水内靖裕

橋本昌三

橘田喜和

田窪忠司

岩崎輝一郎

福嶋吉治

田淵義久

右被告ら訴訟代理人弁護士

三カ月章

手塚一男

大江忠

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告らは、連帯して、野村證券株式会社に対し、三億六二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)の株主である原告が、野村證券は、平成二年三月末、株式会社東京放送に対し、いわゆる営業特金の管理運用により同社に与えた損失の補填として、三億六二〇〇万円を支払ったが、右損失補填は、野村證券の代表取締役である被告らが取締役としての注意義務に違反してした行為であり、野村證券は、これにより右損失補填の額と同額の損害を受けたと主張し、野村證券のために、被告らに対し、その賠償を請求する株主の代表訴訟である。

一当事者間に争いがない事実

1  原告は、野村證券の代表取締役がある酒巻英雄に対し、本訴提起前の平成三年八月七日に到達した書面で、右の損失補填についての被告らの責任を追及する訴えを提起するように請求した。

2  原告は、野村證券の監査役である小林貴好、菅原弘、上野猛、須賀武及び野村文英に対し、本訴提起後の平成三年九月一三日に到達した書面で、右損失補填についての被告らの責任を追及する訴えを提起するように請求した。

二争点

本件訴えは、株主が取締役の責任を追及する訴えを提起するについて必要な商法二六七条が定める手続上の要件を満たす適法なものであるか。

第三争点に対する判断

一株主が取締役の責任を追及する訴えを提起するには、事前に会社に対してその訴えの提起を請求し、会社がその請求があった日から三〇日内に訴えを提起しないことが必要であり(商法二六七条一項、二項)、会社が株主からその請求を受けるについては、代表取締役ではなく、監査役が会社を代表するものとされているところ(商法二七五条ノ四後段)、当事者間に争いがない事実1のとおり、原告が本訴の提起前に野村證券に対してした請求は、その請求を受けるについて代表権を有しない代表取締役に対してされたものであるから、その効力がないことが明らかである。

また、本件においては、会社に対する訴え提起の請求後三〇日の経過により会社に回復すべからざる損害を生ずるおそれ(商法二六七条三項)があったとは認められない。

したがって、原告が、事前に野村證券に対して訴えを提起するよう請求することなく提起した本訴は、不適法である。

二次に、当事者間に争いがない事実2のとおり、原告が、本訴提起後に、野村證券の監査役に対し、被告らの責任を追及する訴えの提起を請求し、その請求があった日から三〇日が経過したことにより、本訴が適法となるに至ったと認めることができるかが問題となる。

ところで、株主が取締役の責任を追及する訴えを提起するには、事前に会社に対して訴えの提起を請求し、会社がその請求があった日から三〇日内に訴えを提起しないことが必要であるとされているのは、取締役の責任を追及する訴えの訴訟物は、会社の取締役に対する請求権であり、本来、この訴訟物について原告として訴訟を追行する適格を有するのは会社であるから、先ずは会社にその訴訟追行の機会を与えるべきであり、会社がその機会を与えられたにもかかわらず、訴えを提起しないときに初めて、株主に、会社のためにその訴訟を追行する適格を与えるのが相当であるとの考えによるものであると解される。

しかるに、株主が、会社に対して訴えの提起を請求することなく訴えを提起し、その後に会社に対して同一の訴えの提起を請求した場合には、たとえ会社がその請求に応じて訴えを提起したとしても、その訴えは、二重起訴に当たるものとして却下されるおそれがあるから(民事訴訟法二三一条)、会社に対し、真に訴えを提起する機会を与えたことにはならないと言うべきである。したがって、原告が本訴の提起後に当事者間に争いがない事実2の請求をし、その後三〇日が経過したからといって、本訴が適法なものとなるに至ったと認めることはできない。

そして、右訴え提起の要件は、法律上明確に定められているのであり、これを遵守することに困難はないこと、原告が本判決確定後に改めて野村證券に対して訴えの提起を請求した場合に、野村證券が訴えを提起することがあり得ないと断定することはできないから、原告に対し、右訴えの提起の請求を要求することが全く無意味であるとは言えないこと、原告が改めて野村證券に対して訴えの提起を請求したにもかかわらず、野村證券が訴えを提起しなかったときは、原告は、再度本訴と同一の訴えを提起することを妨げられないことを考えれば、前示のように解することは不合理ではないと言うべきである。

(裁判長裁判官青山正明 裁判官太田武聖 裁判官川畑正文)

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